なぜ今、U理論なのか
私たちが直面する課題は、過去の知識や前例を当てはめれば解ける問題ばかりではなくなりました。気候変動、組織の閉塞、価値観の分断——これまでのやり方の延長線上には答えが見つからない、むしろ従来の打ち手こそが問題を深めてしまう状況に、私たちは囲まれています。
このとき多くの組織が陥るのが、過去の経験から、すでに知っていることを繰り返す反応です。シャーマーはこれをダウンローディングと呼びました。慣れ親しんだ思考の型を再生しているだけの状態です。安心ではあっても、そこから新しいものは生まれません。
U理論が照らすのは、行動を生み出す内面の源泉です。同じ状況に向き合っても、どのような意識の状態から見て、聴き、動くかによって、生まれる結果はまったく変わる。外側の変革は、内側の変容からしか生まれない——知識やスキルだけでは立ち行かない時代に、この洞察はますます重要さを増しています。
理論の核心──「U字」の谷を下り、また上る
U理論の名は、変容のプロセスがアルファベットの「U」を描くことに由来します。私たちはふだん、課題を認識すると、すぐに解決策へと飛びつきがちです。U理論は、その短絡を避け、いったんUの谷の底まで深く下りてから、新しい行動へと上りなおすことを促します。
Uを下りていく過程は、3つの「開く」によって進みます。
① 開かれた思考(Open Mind)
「どうせこうだろう」という思い込みや判断を脇に置き、目の前で実際に起きていることを、新鮮な目で観察する力。慣れた解釈の枠を外して見ることから、変容は始まります。
② 開かれた心(Open Heart)
相手や状況の内側に身を置き、その立場から世界を感じ取る力。頭での理解を超えて、共感をもって全体とつながる段階です。
③ 開かれた意志(Open Will)
これまでの自分や、握りしめてきた計画・アイデンティティすら手放し、本当に生まれようとしているものに身をゆだねる力。最も深く、最も勇気のいる「開き」です。
この3つを通してUの谷の底に至ったとき、シャーマーがプレゼンシングと呼ぶ状態が訪れます。「Presence(存在・いまここ)」と「Sensing(感じ取る)」を組み合わせた造語で、最も深い源泉から「出現する未来」を感じ取ることを意味します。そこから、気づきを核として結晶させ(クリスタライジング)、素早く試作し(プロトタイピング)、実践へと具体化していく——Uを上る過程が始まります。
つまりU理論は、「考えてから動く」のでも「動きながら考える」のでもなく、深く感じ取った源泉から、未来を立ち上げるという第3の道筋を示しています。
U理論のエッセンス──注意・意図・主体性
シャーマー自身は、U理論のエッセンスを次の3つの言葉で捉え直しています。注意(attention)・意図(intention)・主体性(agency)です。
出発点にあるのは「エネルギーは注意に従う」という洞察です。私たちが何に注意を向けるかが、何にエネルギーが注がれるかを決める。そして、注意が真に深まるとき、そこから意図が立ち上がります。自分は何のためにここにいるのか、という目的の感覚です。さらに、意図が明確になるとき、主体性が動き出します。その目的を現実にしていく力です。
注意・意図・主体性が一直線に揃ったとき、個人としても集団としても、最も高い未来の可能性を現実へと運べるようになる——これが、シャーマーが到達したU理論の核心的なメッセージです。
もうひとつ、見落とされがちな重要な指摘があります。それは、変化が生まれるには「器(ホールディング・スペース)」が要るということです。人々の注意と意図が揃い、場そのものの質が変わっていくには、それを安全に抱える場が欠かせません。この器の不在こそ、現代のリーダーシップにおける最大の盲点だとシャーマーは述べています。「最もシステム的な課題は、最も個人的なところから始まる」——深いシステム変革は、常に一人ひとりの内側から出発するのです。
学ぶときに押さえておきたい3つのこと
U理論は深く豊かな理論であるだけに、表面だけをなぞると本質を取り違えやすい面があります。専門的に扱う上で、次の3点を押さえておく必要があります。
大切なのは手順ではなく、行動を生み出す「意識の質」
Uのプロセスを、マニュアル化された段取りのように扱うのは本質から外れます。U理論の核心は、段階の消化ではなく、行動を生み出す内面の状態が変わることにあります。同じワークショップの手順を踏んでも、参加者の意識がダウンローディングのままなら、出てくる答えは過去の繰り返しにしかなりません。
プレゼンシングは、誰もが実践を通じて近づける状態
プレゼンシングはスピリチュアルな言葉に聞こえるかもしれませんが、特別な才能を持つ人だけのものではありません。深く聴く、判断を保留する、沈黙の時間をとる——そうした具体的な実践の積み重ねによって、誰もが、そしてチームとして近づいていける状態です。
内面の変容は、外への行動と一対で力になる
U理論は内的な変容を重視しますが、内省だけで完結するものではありません。Uの右側、すなわち感じ取ったものを素早く試作し、現実のなかで形にしていく実践と一対です。内なる気づきと、外への具体的な行動。その両方がそろってはじめて、U理論は変革の力になります。
社会変革への広がり
U理論の射程は、一企業の組織開発にとどまりません。その中心にあるのが、MITが提供するオンライン学習プログラム u-lab です。世界中の人々がU理論を実践的に学べる場として、194か国・26万人を超える参加者を集めています。さらにシャーマーは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)に取り組む各国チームへのリーダーシップ・ラボも展開してきました。1つの組織では解けない課題に、立場を超えた人々が協働で取り組むための「社会的な技術」として、U理論は使われています。
この背景にあるのが、社会的場(Social Field)という考え方です。植物の成育が目に見えない土壌の質に左右されるように、集団の行動や成果もまた、その場に流れる関係性や注意の質によって形づくられている——場の質を耕すことが、変化の起点になるという洞察です。生物力学農法を営む家に育ったシャーマーならではの視点が、U理論の根底を流れています。
U理論を読み解く1冊
U理論の全体像をつかむうえで土台となる一冊です。Uプロセスの全容と、その背景にある哲学・科学的な裏づけが、豊富な事例とともに描かれています。第二版では、世界各地の実践から見えた変化の傾向を示す新たな前書きと、Uの旅の見取り図となるカラー挿画が加えられました。より簡潔に要点をつかみたい場合は、入門版として『U理論[エッセンシャル版]』(英治出版)も読みやすくまとまっています。
なお、シャーマーの探究はいまも続いています。2025年には、長年の共同研究者カトリン・コイファーとともに、理論を日々の実践へと落とし込む Presencing: Seven Practices for Transforming Self, Society, and Business を発表しました。U理論は2007年に世に出た理論でありながら、提唱者自身の手で更新され続けている、現在進行形の理論です。
IDGs JAPAN HUBの問いに、シャーマー本人が応えたメッセージ
私たちがIDGs JAPAN HUBとして投げかけた問いに対し、シャーマー本人から直接、映像でのメッセージをいただきました。U理論の提唱者が、日本の実践者コミュニティに向けて自らの言葉で語った、貴重な記録です。
https://www.youtube.com/watch?v=qOX7W8vJgi8
https://www.youtube.com/watch?v=eni6tSZq3G8&t=45s
他の理論・IDGsとのつながり
U理論は、組織開発の主要な理論と深く結びついています。
- 学習する組織——U理論は、「学習する組織」を提唱したピーター・センゲらとの共同研究のなかから生まれました。センゲとの共著『出現する未来』は、両者をつなぐ一冊です。
- 成人発達理論——過去の自分や握りしめた前提を手放していくU理論の「開かれた意志」は、「主体」を「客体」へと手放していく発達のプロセスと深く重なります。
- 心理的安全性——判断を脇に置き、率直に語り、深く聴き合える場は、まさに心理的安全性が保たれた状態にほかなりません。
- IDGs(内面の発達目標)——U理論が育もうとする「開かれた思考・心・意志」は、IDGsが掲げる「BEING(あり方)」「THINKING(考える力)」と響き合います。シャーマーの考え方は、IDGsの構想そのものにも影響を与えています。
よくある質問(FAQ)
U理論とは、簡単にいうと何ですか?
過去の延長線上にない変化やイノベーションを、個人・チーム・組織・社会のレベルで起こすための原理と実践を示した理論です。慣れた思考を繰り返す「ダウンローディング」から抜け出し、「出現する未来」を深く感じ取る「プレゼンシング」を経て、新しい行動を生み出す道筋を描きます。
「プレゼンシング」とは何ですか?
「Presence(存在・いまここ)」と「Sensing(感じ取る)」を組み合わせた造語で、最も深い源泉から「これから生まれようとしている未来」を感じ取る状態を指します。Uの谷の底で訪れる、U理論の中核となる概念です。
組織開発にどう活かせますか?
答えの見えない課題に直面したとき、過去の繰り返しから抜け出すための対話の設計に活かせます。現状を新鮮に観察する場、立場を超えて深く聴き合う場、感じ取ったものを素早く試作する場を、段階的にデザインしていきます。ここで支える専門家には、参加者の内面の状態の変化に寄り添い、判断や不安を安全に抱える「器」をつくる関わりが求められます。
参考文献
- C・オットー・シャーマー『U理論[第二版]――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』英治出版, 2017(原著 Theory U, 2007/第2版 2016)
- C・オットー・シャーマー『U理論[エッセンシャル版]――人と組織のあり方を根本から問い直し、新たな未来を創造する』英治出版, 2019
- ピーター・センゲ、C・オットー・シャーマーほか『出現する未来』講談社, 2006(原著 Presence, 2004)
- C. Otto Scharmer & Katrin Käufer, Presencing: Seven Practices for Transforming Self, Society, and Business, Berrett-Koehler, 2025
関連ページ:THEORY 一覧|SERVICE|なぜ今、IDGsが必要なのか
![『U理論[第二版]――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』(英治出版、2017年) 書影](https://eijipress.co.jp/cdn/shop/products/9784862762474_300x300.jpg)