なぜ今、発達指向型組織なのか
変化が速く先の読めない時代において、組織の競争力は「優秀な人材を採用し、その能力を消費すること」だけでは保てなくなりました。求められているのは、いま組織にいる人が育ち続け、変化に合わせて自らを更新していける組織です。
ところが現実には、多くの職場で人の成長は「年に一度の研修」や「一部の幹部候補へのコーチング」といった、特別な機会に切り離されています。DDOは、この構造的な乖離を解消しようとする組織観です。成長を特別な機会に閉じ込めるのではなく、会議の進め方、フィードバックのしかた、意思決定のプロセスといった日々の業務のなかに織り込んでいきます。リモートワークやハイブリッド勤務が広がり、人と人のつながりや信頼の築き直しが課題となるいま、「働きながら育つ」組織のあり方は、あらためて切実なテーマとして注目されています。
理論の核心──「弱さを隠す組織」から「弱さを活かす組織」へ
DDOの出発点にあるのは、組織における最大の損失への鋭い問題提起です。キーガンとレイヒーは、ほとんどの組織で働く人が、本来の業務とは別に「もうひとつの仕事」を抱えていると指摘しました。自分の弱点を覆い隠し、有能に見せ、他者からの評価を管理する——組織にとって何の価値も生まない、報酬なき労働です。
この「隠す」ことに費やされるエネルギーが組織全体で積み重なれば、莫大な損失になります。人は本来の力を発揮できず、組織もまた、人の持つ可能性を活かしきれない。ならば逆に、弱さや失敗を隠さなくてよい組織をつくれたらどうなるか——というのがDDOの核心的な問いです。
DDOでは、誰もが「成長の途上にある未完成な存在」であることが前提とされます。弱みや課題を持つことは減点の対象ではなく、むしろ成長が起きる場所として歓迎される。失敗やほころびは、隠すべき恥ではなく、学びのための最良の材料として扱われます。この「弱さを見せあえる」文化が、人と事業の双方を育てていきます。
DDOを支える3つの次元──エッジ・ホーム・グルーヴ
キーガンとレイヒーは、発達指向型組織に共通する特徴を、3つの次元として整理しました。この3つがそろってはじめて、組織は「育つ場」として機能します。
① エッジ(Edge)──伸びしろに正面から向き合う
エッジとは、一人ひとりの「成長の最前線」、いま取り組んでいる発達課題のことです。DDOでは、誰もが成長課題を抱えていることが当然の前提とされ、それが隠されるのではなく、明確に言語化され、共有され、取り組まれます。弱点があることは、責める理由ではなく、成長の出発点として扱われます。
② ホーム(Home)──安心して挑戦できる仲間とのつながり
ホームとは、その成長を支える、信頼でつながった人間関係の土台です。弱さを開いて見せても見捨てられない、という安心感があってはじめて、人は自分の課題に正直に向き合えます。お互いの成長を本気で願い合う仲間の存在が、エッジに挑む支えになります。
③ グルーヴ(Groove)──成長を習慣化する日々の仕組み
グルーヴとは、発達を一度きりの機会で終わらせず、日常業務のリズムに溶け込ませる実践や仕組みです。会議の運び方、フィードバックの交わし方、振り返りの場の持ち方——こうした日々の慣行のなかに成長の機会が埋め込まれ、「働くこと」と「育つこと」が一体となります。
エッジが「どこで育つか」、ホームが「誰と育つか」、グルーヴが「どう育て続けるか」。この3つが噛み合うことで、成長は研修の時間ではなく、日々の仕事のなかで起こり続けるようになります。
導入の際に押さえておきたい3つのこと
DDOは魅力的な組織像ですが、表面的に取り入れると、かえって人の負担を増やす仕組みにもなりかねません。専門的に扱う上で、次の3点を押さえておく必要があります。
弱さの開示は、強制ではなく安心の土台から生まれる
DDOは、弱みの告白を求める場ではありません。心理的安全性の保たれた土台(ホーム)がないまま開示だけを迫れば、それは自己防衛を強める圧力として働き、かえって本音を封じてしまいます。大切なのは順序です。まず信頼と安心を十分に育て、本人が自らの意志で課題に向き合える状態をつくる。弱さの開示は、強制されるものではなく、安全が確保された場で本人の主体性から生まれるものです。
DDOは制度の導入ではなく、時間をかけて耕す文化である
新しい1on1の様式や評価制度を取り入れれば、すぐにDDOになれるわけではありません。形だけ仕組み(グルーヴ)を整えても、人間関係の土台(ホーム)や、一人ひとりが本気で成長に向き合う姿勢(エッジ)が伴わなければ、形骸化します。DDOは導入するものではなく、時間をかけて耕していく文化です。
成長を支える組織は、つらい場ではなく解放の場である
たえず成長を求められると聞くと、息苦しい環境を想像するかもしれません。しかしDDOの本質は逆で、「完璧でいなければならない」というプレッシャーから人を解放することにあります。弱さを隠さなくてよいからこそ、人は安心して挑戦でき、失敗から学べる。「もうひとつの仕事」に消耗しなくてよい、風通しのよい場を目指すものです。
組織開発での実践──「弱さを見せあえる」土台をどう築くか
発達指向型組織は、理想を掲げるだけでは生まれません。鍵を握るのは、3つの次元のうち、まず「ホーム」を地道に築くことです。心理的安全性の保たれた場がないところで成長課題(エッジ)を扱えば、人は身を守るために、また弱さを隠す側へと戻ってしまうからです。
実際の現場では、土台づくりは制度変更からは始まりません。お互いの成長課題を安心して言葉にできる、小さく安全な対話の場を重ねていく。リーダー自身が、自分の弱さや迷いを率直に開く姿を見せる。その積み重ねが、「ここでは、できないことを認めても大丈夫だ」という空気を育てます。そのうえで、フィードバックや振り返りといった日々の慣行(グルーヴ)に成長の視点を織り込み、一人ひとりの伸びしろ(エッジ)に光を当てていきます。
ここで、場を導くファシリテーターや専門家に欠かせないのが、成人発達理論への深い理解です。人が課題を抱え込んだり変化に抵抗したりするのは、怠慢や能力不足ではなく、その人なりの意味づけと、自分を守ろうとする自然な働きから生じています。その心の仕組みを理解して関わるからこそ、相手を急かさず、安心の土台を整えながら、本人が自らの意志で一歩を踏み出すのを支えられます。組織を「育つ場」へと耕すこの伴走こそ、組織開発の中心にある仕事です。
発達指向型組織を読み解く1冊
DDOの全体像をつかむうえで決定的な一冊です。原題は An Everyone Culture(誰もが、の文化)。この言葉が示すのは、成長を一部のエリートに限らず、組織のすべての人に開くという思想です。本書は、実際にDDOとして機能している3つの先進企業の内側に深く分け入り、フィードバックのしかた、会議の運び方、管理職の役割の捉え方といった具体的な実践を、その背景にある科学とともに描き出します。
一人の内面で起きる変容を、どうすれば組織ぐるみで、日常的に支え続けられるのか——その問いに正面から答えようとした点に、本書の価値があります。知識やスキルの習得だけでは立ち行かなくなったいま、「組織そのものが人を育てる」というDDOの発想は、これからの組織づくりにおいて、ますます重要な指針になっていきます。
他の理論・IDGsとのつながり
発達指向型組織は、組織開発の主要な理論と深く結びついています。
- 成人発達理論——DDOの理論的な土台。「人は成人してからも発達し続ける」という前提があってはじめて、「組織で人を育てる」という発想が成り立ちます。
- 心の免疫マップ(ITC)——一人ひとりが自分の成長課題(エッジ)と向き合うための具体的な手法。DDOの実践とそのまま地続きです。
- 心理的安全性——弱さや失敗を率直に開示し合えるDDOの土台(ホーム)は、まさに心理的安全性が保たれた状態にほかなりません。両者は車の両輪の関係にあります。
- U理論——過去の延長で判断する自分を手放し、いま立ち現れる可能性から動くというU理論の姿勢は、弱さを開いて新たな自分へ踏み出すDDOの文化と深く重なります。
- 学習する組織——「組織として学び続ける」というビジョンを、人の内面の発達という側面から具体化したのがDDOだといえます。
- IDGs(内面の発達目標)——弱さを見せあい、ともに育つDDOの文化は、IDGsが掲げる「RELATING(つながり)」「COLLABORATING(協働)」の力と深く響き合います。
よくある質問(FAQ)
発達指向型組織(DDO)とは、簡単にいうと何ですか?
社員一人ひとりの成長を、特別な研修や一部の幹部候補に限るのではなく、日々の仕事の営みそのものに織り込んだ組織のあり方です。弱さを隠すのではなく開示し合い、それを成長の糧に変えていく文化を目指します。
どんな組織でも導入できますか?
制度として一律に「導入」するものというより、その企業文化や組織の強みを活かしながら、時間をかけて育てていく文化です。まずは、お互いの課題を安心して話せる小さな対話の場をつくることから始められます。自社のどこがDDO的に機能していて、どこが機能していないかを見つめることが、最初の一歩になります。
組織開発にどう活かせますか?
活かし方には「個人」と「組織」の両面があります。個人の側面では、心の免疫マップ(ITC)などを用いて、一人ひとりが成長課題(エッジ)と向き合うのを支えます。組織の側面では、安心してつながれる土台(ホーム)と、成長を習慣化する仕組み(グルーヴ)を育てていきます。重要なのは、この両輪がそろうことです。個人がいくら成長しても、それを支える組織の風土がなければ元に戻り、逆に制度だけ整えても、内面の成長が伴わなければ形だけのものになります。個人の変容と組織の文化づくりは、車の両輪として同時に進めることが大切です。
参考文献
- ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる』英治出版, 2017(原著 An Everyone Culture, 2016)
- ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー『なぜ人と組織は変われないのか』英治出版, 2013(原著 Immunity to Change, 2009)
- ロバート・キーガン『ロバート・キーガンの成人発達理論――なぜ私たちは現代社会で「生きづらさ」を抱えているのか』(中土井僚・鈴木規夫 監訳、野津智子 訳)英治出版, 2025(原著 In Over Our Heads, 1994)
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